今月8月は個人的な記念月で、私が編集者になって満30年になります。
編集の世界に足を踏み入れたのは1995年8月のことで、人生の半分以上を編集者として過ごすことができました。
多くの同僚や先輩たちがこの世界から離脱してしまっているので、こうしてやっていけたのは周囲のお力とともに、幸運の力でした。皆様への感謝に尽きます。
これからも、若い人たちに仕事を伝えながら、企画と本づくり、行けるとことまで行ってみたいと考えています。
●今月のブログ
「GX」(グリーン・トランスフォーメーション)を解説した入門書、
『GX実践の教科書』が発刊
https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2025/07/29/113620
読みました:『アッカットーネ』
(ピエル パオロ パゾリーニ 著、米川良夫訳)
~戦争で荒廃した若者たちの群像劇~
https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2025/07/04/184911
●今月の雑感
不正のルーチン化と倒産の関係 ~東芝の粉飾決済事件から学ぶこと~
7月、出版社倒産のニュースが業界を走った。IT実用書老舗、秀和システムの倒産である。
出版社は倒産しても既存の書籍が残ったり類似の名前に変えて社名も残ったりするので、あまり「倒産した」という破壊的なイメージが外部からは見えづらい。今回の件も同社は秀和システム新社という名前に変え、他社が経営権を引き取り、事業が再開されている。
倒産とは、経営の結果である。災害や連鎖倒産、従業員の不正など、不可抗力で企業が倒産することは少なくない。
しかしながら厳密に言えば、BCPの観点が抜けていたのではないか、ガバナンスは大丈夫だったのか、などの手抜かりの問題も大きい。
手抜かりは何度も積み重なれば社会的な信用を失う。
つまり、倒産は信頼喪失が蓄積され、数値化された結果である。数値は信用喪失が何年も後になって見える化されるものだ。
言い換えると、信用は目前では数値化されないのである。
秀和システムはベストセラーやロングセラーといった、優れたコンテンツを多数輩出した版元である。
しかしながら、初代オーナーが事業をパソコン製造業のマウスコンピューターに売却してから雲行きが怪しくなってきた。業界内からも「おや?」という声がたびたび聞こえてきた。
少ししてマウスコンピューターは、経営権をITとも出版とも無関係な謎のファンドに売却した。そこからさらに家電メーカーへと経営権が売却され、グループ会社のエステサロンが倒産するなどの経緯を経て、2025年7月には債務超過に陥り法的整理へといたる。
謎のファンド、家電メーカー、エステサロンといった、文脈が見えない経営主体の流転を通した倒産劇であった。
▲倒産は一日にしてならず
先ほど、信頼喪失と言ったが、事実、初代オーナーの20年以上前から、その素地はあった。
経営層から従業員に売れている本が手を渡され、「これと同じ本を2週間で作れ」と業務命令が下りてきたという。組織的な盗作である。それが嫌で逃げてきた、という従業員(編集者)から話を直接聞いた。この話は他のチャンネルからもたびたび耳にした。
資金繰りに苦しんでタイパを追求するあまり、バレなければOKと盗作で乗り越えようとしたのだろうか。
経営層の行動として尋常とは思えない。少なくとも「応急処置」としていた行動が、しだいに習慣化したものだと考えられる。同社のこのころの著者や制作者への対価の遅配や未払いも、よく耳にした。近づいたら危険な版元、という空気すら流れていた時期もあった。
つまり、倒産は一日にしてならず、なのである。
▲会計の違和感と東芝の粉飾決済事件の裏側
こうした、水に流すべき古い話を事細かに覚えていたり、他人事とは思えない痛い事実として記憶していることには、それなりの理由がある。
私も個人的に、事実上の倒産の現場に身を置いたことがあるからだ。
新卒で入った会社は東芝の関連会社で、東芝の工場でつくられた医療機器を販売していた。
当時はグループ中でも優秀とされており、東芝の経営が傾いてきたタイミングで本社に吸収され、そして他社(キャノン)へと売却、という形でオリジナルの経営主体が消滅していった。
兵器などの軍需製品や原発の開発といった国策と深くかかわる事業を手がける関係もあり、東芝は表向き「倒産」という形をとらない。
しかしこれは、事実上の倒産である。
1990年代の半ば、私は総合情報システム部に在籍し、毎期B/S(貸借対照表)とP/L(損益計算書)を期末処理でアウトプットし、社内で(経営層よりも)最も早く数値を確認していた。
大学で学んだ簿記三級程度の会計知識しかなかったが、帳票に違和感があることはなんとなく空気感から漂っていた。
従業員が単体で1600人おり、業界シェアと売上がナンバーワンの医療機器を販売する企業の経常利益が、たかだか200万円ほどなのだ。新人ながら違和感を感じながらも、その違和感を何気なく先輩社員に伝えても、取り合う人は誰もいなかった。
入社4年目の期末処理でのことだった。このとき経験したのが、粉飾決済である。総合情報システム部のエンジニアたちは、夜間バッチ処理のために夜中までホストコンピュータがある冷房の効いたマシン室に常駐する。
アベンド(ABnormal END:異常終了)といって、期末処理時にデータ異常(たいていは端末入力画面設計のバグ)やシステム異常(たいていはDASD装置の容量不足)が生じると、システムの処理が停止するのだ。
これが起こると、原因を究明し、分かりしだいバックアップ・データを吸い上げたCテープ(IBMが独自開発した巨大な専用カセットテープ)の世代を洗い出し、そこからデータをレストアし、再オペレーション(リラン)を実施する。
その時間は3時間、6時間、徹夜もザラであった。
半年ごとの期末処理は一種のイベントであり、中堅数人のエンジニアが夜中に残るのだ。
あるとき珍しく、主任が2人、経理や営業など他の従業員がすべて退社した夜中まで残っていた。
「これ頼む」と、主任から小さな付箋紙が渡された。そこには3桁の英記号と数字が鉛筆で書きなぐられていた。英記号は支社店記号で、数字は金額である。
ある支店がある大学病院に寄付したMRI機器の会計情報を「売上に書き換えろ」という粉飾決済の指示だ。
経営層から総合情報システム部に、手書きの付箋紙で渡されてきたのだ。
2人の主任の監視のもとで入社4年目新人SEの私がやらされたのは、ファイル修正である。実際に物が売れると受注伝票や売上伝票が発行され、売掛金が発生したり在庫が減少したりする。
本件のような「大学への寄附」という形であれば、寄附を経営層にお伺いする稟議が発生する。
粉飾決済とは、「ファイル修正」という、やってはいけないオペレーションを通し、売れていないものを売れた形にする。また、その逆もある。
つまり、おのおののファイルの整合性を取りながらデータを改ざんし、架空の伝票データをつくり上げていくのである。
稟議に関しては当時システム化していなかったので、裏で紙を破棄するなどの粉飾オペレーションを行っていたはずだ(支社店で発行した諸伝票も同様)。
すなわち、組織ぐるみの一気通貫で粉飾決済を実行していたのである。
一連のファイル修正作業が終わると、上記の手書きの付箋紙は主任たちの前で破棄させられた。
そして彼らからは、「グループ他社も期末にはみんなやっているからこれはルーチン業務である」「しかし本件は絶対に口外するな」と、何度も釘を刺された。
▲不正が「仕事」に変貌するメカニズム
東芝の経営が破綻し、事業縮小を余儀なくされたきっかけは、ほかならぬ粉飾決済である。
不正は習慣化し、ルーチン化する。そして不正のルーチンは信用喪失を生む。
東芝のように常態化した不正が経営として表面化するまでには時間がかかっている。なぜなら、上記のように、経営層と従業員が会社ぐるみで不正を隠ぺいするからだ。
こうした不正は、「わかっちゃいるけどやめられない」状態になる。なぜなら、やめてしまうと生活ができなくなるから。
上記の主任の一人は新婚さんで、小さな子供が生まれたばかりだった。
粉飾決済を拒否して生活を捨てることまで、モラルのある人間なら頭をよぎったであろう(実際、主任はじめな人だった)。
当時独身で怖いもの知らずだった私は、企業SEに見切りをつけ、その翌年、移転先も見つけずに退職した。
* * *
今回倒産した秀和システムでも、盗作や不払いなど、不正を見て見ぬふりしてルーチン化させるという、何年何十年を経て経営数値に表面化される事態があったと想像できる。
経営の複雑な文脈破壊も、不正のルーチンが背後に隠れていたことが考えられる。
コンテンツの良し悪しと経営は別物に見える。
しかし、今回の報道にもあったように、秀和システムの経営が悪化すると、書店からの返品も増えたという。企業が社会的な信用を築くには長い年月を要する。しかし、失うのは一瞬である。
業界のためにも、秀和システム新社は心機一転し、書店や取次、読者、印刷所など関連業者との信頼関係を構築し、その後の経営を順調な軌道に乗せられることを祈っている。
* * *
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