2025年7月頭には出版業界を震撼させたニュースがありました。
IT書籍の老舗版元である秀和システムが倒産しました。
今後は「秀和システム新社」としてブランド名称だけを変更し、トゥーヴァージンズグループに経営権が譲渡された形で出版物が流通されます。
とても残念で厳しい話です。
今年も何社か出版社が倒産するだろうとは、昨年からささやかれていました。
それでも、隣人の秀和システムが本当になくなってしまって、同業者(出版社、書店、取次、著者、編集デザイン制作者など)たちは、相当なショックを受けています。
書店にいたっては、ベストセラー『やさしいMCP入門』が、同社倒産直前に発刊され、注文が相次いだにもかかわらず、秀和システムの流通対応ならびに重版対応ができず、書店に置くものが入ってこずに混乱、という状況が発生しました。
いわゆる。売り逃しです。
書店ならびに流通の機会損失は相当な金額と予想されます。書き出したキリがないこのネガティブな状況。
同社にコンテンツを提供する著者さんやデザイナー、ライター、外部編集者、外部制作者の混乱は、いうにおよばずです。

出版という小さな業界が世の中を混乱させている、心痛むニュースでした。
いつか出版に光がさすが未来を強くイメージしながら、同業者として正しく仕事を続け、業界の根幹と周縁を支えてまいります。


●今月のブログ
読みました:『オリエンタリズム』
(エドワード・サイード著)~西洋の東洋に向けた差別の経済学~
https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2025/06/27/092850

読みました:『マーラー頌』(酒田健一編)
~現役時代、没直後、没後数十年。3時代からの言葉綴る生きたマー
ラー像~
https://tech-dialoge.hatenablog.com/entry/2025/06/13/160600


●今月の雑感
IT編集者になろう ~熱中編~
新卒のIT書籍編集者はその仕事の辛さから辞めていく人が少なくない。
引退組に対する新人の補填が効いていないのだ。これについては前回書かせていただいた。
しかしIT書籍の編集者は今後増える。それを補填するのは、新たなマインドセットとスキルセットを持った「編集者」だ。
その昔、36協定などなかった。泊まり込みで本をつくったり、連日タクシー帰りという編集者がけっこういた。日常の大半が仕事なので、それはそれで大変なのだが、一方で、編集は熱中できる仕事であった。「熱中して泊まり込みで頑張る」という、「アドレナリン報酬」構造で編集者は動いていた。
いまでは社会的な制約や構造の変化で、それは成立し得ない。時間を忘れてしまう熱中と没頭が、仕事において許されないのだ。
これが、新人編集者がIT書籍の世界に流入しづらい大きな一因である。言い換えると、「熱中」の構造が著しく変化したのだ。これが、IT書籍編集者の数を減らしたのである。

▲書籍を通してストック知識とフロー知識の更新を促す
1980~1990年代、ITという言葉そのものが熱中だった。
雑誌に掲載されたソースコードを打ち込んで未知のゲームをプログラミングしたり、謎めいたパーツを買い集めてマイコンやパソコンを組み立てたり、それこそ徹夜で熱中してやっていた。
熱中とは、イノベーションの源泉である。スタートアップの原動力も熱中に他ならない。巨額の資金を背負って新規事業を開発、検証、リリースを繰り返す。失敗すればやり直す。
スタートアップはこれを資金の消費と戦いながら猛スピードで繰り返す。
ITとはそもそもがイノベーションと双子の関係にある。イノベーションのための道具でエンジンがITだ。
サービスやアプリケーションなどITによるプロダクトなしに新規事業は考えられない。
音楽やビジュアル、アートなど、クリエイティブもITなしには考えられない。サービスやアプリケーションを構成するITを下支えする知識には、根幹がある。
プログラミングやシステム設計は要求を出せば生成AIが行ってくれる。
それでも、知識の根幹なしに、ITはつくることも使うこともできない。
知識の根幹は、動画にもなく、Web記事にもない。動画やWebが悪いと言っているのではない。情報には時間と共に右から左に流れていくフローの情報と、書籍や教科書、辞書のように、数年から数十年(古典においては数千年)タームで残るストックの情報がある。
とくに、知識の根幹をブラさず微妙に更新しながら最新の知識を獲得するという、二重の学習体系を持つITの知識を強化するには、フローとストックの双方を持つことが重要になる。
いわば、OSとアプリの双方を更新するようなものである。
著者と編集者とのやり取りが繰り返され、査読され、編集制作された、ストック情報であるIT書籍とフロー情報との両輪に、知識の根幹がある。

▲書籍ならではのストック情報の価値
こういったストック情報の構築に貢献できる仕事は魅力に面白い。
IT書籍の編集者や制作者にとっての面白さは、いま社会を動かしている最新のITに触れられることだ。編集や制作という本づくりを通し、社会を動かしているITエンジニアとの対話を通し、その技術に深く接することができるのだ。
IT書籍を執筆するエンジニアたちは、深い知見と情熱を持つ。
こうした著者たちとの対話を通し、深くかかわれるのも面白い。
また、自分自身の人生にも影響を与える。
私自身、いままで出会った多数のITエンジニアたちからいろいろな影響を受けている。ITとは、趣味から国防にまでおよぶ、技術と知識の広大な宇宙である。広大な知識の伝達と継承に貢献できる点も、IT編集者の仕事の面白さである。ITを通し、歴史と文化の構築に直接貢献できる。
世界史の1ページを、IT編集者の一人一人は後世に名を刻むことができるのだ。

▲書籍の編集制作を通してITに貢献する意義
出版業界は、従事する人数も売上の規模も、あまりにも小さい。
一方で、著者が持つ知識と社会的影響力は広大だ。その広大さは、時間や数値では計測が困難である。それは文化の領域にある。
さらに、ITは水や家屋など衣食住と同じように、社会に必須のインフラを支える技術である。
日本のITエンジニアは社会の表舞台に出てくることがまだ多くない。
海外ならアメリカのマーク・ザッカーバーグや台湾のオードリー・タン、フィンランドのリーナス・トーバルズなど、社会の表舞台に出てくるITエンジニアは少なくない。
それでも、日本のITエンジニアは、社会的に強い影響力を深層で持っている。今後、彼らの日本での立ち位置は大きく変わる。
いずれ日本のITエンジニアも、世界の流れから社会の面舞台に出てくる。
ITエンジニアから、生成AIをビジネスに活用する人、スマホで調べ物をしている人まで、ITに接する人たちの知識の下支えをするIT書籍の編集者は、知識の根幹をになうところに面白さがある。同時に、責任も伴う。
社会に強い影響力を持つ立役者たちと、面白い仕事に熱中しよう。
そしてIT書籍の編集者・制作者たちの熱中が、日本のIT復興に貢献することを願っている。

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